日本共産党に電凸してみた。「靖国参拝は戦争美化、許されない行為」、市田忠義書記局長発言に関して・・・

勇気を振り絞って、日本共産党党本部に電凸してみました。先の市田忠義書記局長発言「靖国参拝は戦争美化、許されない行為」が、どうしても腑(ふ)に落ちなくて聞いてみたくなったからです。悩み抜いた末に電凸する覚悟を決めました。「抗議」と言うよりは、「どうしても知りたい」と言う知的好奇心からです。それにしても、物凄く恐ろしい。私が、日本共産党から浮かぶイメージと言ったら、スターリンとか毛沢東、ポルポト、粛清、文化大革命、キリングフィールド、岡本公三、永田洋子、三菱重工ビル爆破テロ、テルアビブ、浅間山荘、総括、日米安保闘争、ヘルメット・ゲバ棒、コミンテルン、尾崎秀実、朝日新聞くらいしかありません(^^;)。無知を晒すようで恥ずかしいのですが、日本共産党に関する知識と言ったら、ホントこの程度です。小学生時代の、浅間山荘やテルアビブ、ヘルメット・ゲバ棒がトラウマになっています。やっぱコワイ。携帯電話の発進通知を非通知にしました。

日本共産党、物凄く頭の良い、弁(論争力、ディベート)の立つ集団のイメージ。その辺りが、福島みずぽや菅直人旧社会党(社民、民主党)のアホ集団とは、違います。みずぽやバ菅は、只の朝鮮人の「パシリ」にしか見えません。が、(日本)共産党員には、何らかの理論と思想を感じます・・・、何れにしても、私風情の知識や論争力では、到底太刀打ちできない事は薄々感じます。


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※オイオイ、日本共産党は、人民解放軍を作るつもりだよw。共産党のみの私兵集団創設。国民の為では無く、共産党のみの為の軍隊を作るつもり。エントリ冒頭を飾る画像を探していて見つけました。やはり日本共産党は恐ろしい・・・・、


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03‐3403‐6111


「はい、日本共産党。中央委員会です」。

「あの、私は、ごく普通の一般日本国民ですけれど・・・、日本共産党に聞きたい事があるのですが・・・、」

「何の事でしょうか?。政策の事ですか?」。

「いえ、思想と言うか日本共産党の考え方についてです」。

少し、いぶかりながら、

「お待ち下さい」。

かなり時間が経過しました。

「お電話変わりました。何の事でしょうか?」。

電話口の向こうに、物凄くニコニコしながら応対しようとする、党本部思想担当者の顔が浮かんで来ます。

最初は、日本共産党思想担当に直接質問しに来た珍妙な来訪者に対する”装い・取り繕い”かも知れないと感じたのですが、それは違ったみたいです。

随分長く、話をしました。最初から、理解出来るとは思っていませんでしたが・・・、

「21日の市田ちゅうぎ?ただよし?書記局長の靖国参拝に関する、発言に対する質問なのですけれど・・・」

「ただよしですね。何でしょうか?」。



この辺りから、要約になってしまいます。何か、同じ事をぐるぐる言い合っていた気がします。

「市田ちゅうぎ書記局長は記者会見で、『靖国神社は、先の戦争をアジア解放の為の戦争だったということを内外に宣伝する特殊な施設で、靖国参拝は戦争美化、許されない行為』と発言しました」。ネット記事で読みました。

しかし、靖国神社は、年間600万人もの一般日本国民が参拝に訪れる神社です。と言う事は、日本共産党は、この様な一般日本国民の靖国参拝も、戦争美化の許されない行為と見做している訳ですか?。それは、一日本国民としては、納得が行かないのですけれど・・・、確かに宗教を否定する共産主義者の日本共産党からすれば、当然かも知れませんけれども・・・、

「私達日本共産党は、宗教を否定していません。党員の中には、何らかの宗教を信仰している者もしますし、私自身も、母親の一番上の兄が戦争で亡くなって、ヤスクニ神社に合祀されています。その親族は、今もヤスクニに参拝しています」。 

「えっ?、日本共産党は宗教を否定していないのですか?」。 


「否定していません。宗教、個人の信教の自由は認めています」。

「そうなんですか?。でも、おかしいですよね。信教の自由を認めながら、『靖国参拝は戦争の美化、許されない行為』と否定罵倒している訳でしょ?。書記局長が・・・、だとすれば、フツーに靖国神社に参拝している一般的日本国民に対して言っていると捉えられるのですが?。お前ら(靖国参拝者)は、許されない行為をやっているのだぞと、参拝するな!と。否、そう主張強制するのがスジでは無いですか?。それだと、私も理解が出来ます。容認は出来ませんが・・・」。

「だから、先程も言った様に、日本共産党は個人の宗教信教の自由は認めていますから、個人がヤスクニに参拝する事は、一向に構いません」。

「そうですか?。そもそも、靖国神社が戦争を美化していると言う根拠は何ですか?。例えば、神社の拝殿に、『先の戦争は正しかった、正当なモノであった』とか言う様な、声明文とかが貼ってありますか?。『先の戦争は、正しかったと思う者だけ参拝せよ』(?、この辺りは、私の現時点での創作かも知れない。何かその様なニュアンスの事を言った記憶)とでも宣言している訳でもないのに、何故、その様に決めつけるのですか?」。

「『遊就館』があります」。

「あれは、只の戦争博物館でしょ?。神社とは全くの別モノですよ」。

「いえ、それは違います。ヤスクニ神社の敷地内にあり、ヤスクニ神社のHPでも、盛んに『先の戦争は、アジア解放の為の正義の戦いであった』と宣伝しています。ヤスクニ神社の、いわば本質本心がそこにある訳です」。

「私自身も、先の戦争に関しては、アジア開放の正義云々は、好きではありません。戦争に良い悪いも無いです。後付けの気がします。戦争に負けて東京裁判やったのだし、あれが、アジア解放の正義の戦争だろうが侵略悪の戦争であろうが、私は、どっちでも良いです・・・」

「良くありません。私達は、そこに拘っているのですから。アジア諸国に対して、侵略戦争を仕掛け、多くの犠牲者を出して迷惑を掛けたのですから、そこはきっちり認めないといけません」。

「まるで、韓国や中国が言っている事と同じですね。人民日報に志位和夫委員長の発言が、載っていました。志位委員長の発言が、そのまま、中国の靖国参拝批判の引用文になっています。日本共産党って、中国や韓国のスパイみたいですね。中国は最初は、総理大臣や外務大臣、官房長官辺りの靖国参拝のみを問題視していました。それがいつの間にか、閣僚全体になっています。それは、日本共産党まで同じですもの。総理大臣や閣僚が全く参拝しなくなったら、今度は日本共産党は一般日本国民の参拝も否定して来るでしょうね。今の韓国民みたいに・・・」。

「失礼な事を言わないで下さい。スパイと呼ばれるのは、とても心外です」。

「話を最初に戻します。私がどうしても理解が出来ないのが、靖国参拝と言う一つの宗教行為が、例えば一般の日本国民なら許されて、何故総理大臣とか閣僚とかは許されないのか?。全く同じ行為でしょ?。例えば、安倍総理大臣の様に、去年今頃、自民党総裁選に勝利した直後の例大祭に参拝した時は、何も問題視されなくて、総理大臣になったら、全く同じ参拝行為が許されないと言う根拠が判りません。先に、お宅は、靖国神社は戦争美化の神社と決めつけましたが、例えば、靖国参拝した直後の総理大臣が、『あの戦争は、正義の戦争で正しかった』との声明文でも読み上げれば別ですけれど・・・、多くの参拝閣僚達は、恐らくそんな事は口にはしないでしょうし、実際に考えてもいない筈です。それに、新藤義孝総務大臣の様に、実際に先祖や親族が戦没者として祀られている場合はどうするのです?。やっぱり、参拝するなと・・・、理解が出来ない。日本国民の中には、600万人の参拝客の様に、否他に、例えば私みたいに地方遠くに住んでいて、せめて一年に一遍くらいは、悲惨な戦争で命を落とした戦没者たちに対して、国の代表者が、『正直、あれはスマンかった』と参拝して欲しいと思っている国民の思いは、どうするのですか?。先程日本共産党は、個人の信教の自由は保障していると仰いましたが、全然認めていないじゃないですか?」

「仰るとおりかも知れませんが、それでも靖国を否定する私達の信教の自由もある筈です。靖国参拝を認める認めないの線引きは・・・・、結局、総理大臣とか閣僚とか、実際に国の意志決定を担う権限を持った国会議員は、頭で何を考えながら靖国参拝をしようが、それは戦争美化と見做して許されないと言う事です。新藤総務大臣を引き合いに出されましたけれども、日本は戦後、戦没者を敬う(?、何て言ったか覚えていないw) 【無宗教】の追悼施設をきっちり作らなかったからこんな事になったのです。曖昧なままなし崩しに、戦犯を合祀したからこんな事になったのです」。

「えっ、違うでしょ?。戦犯たちは、昭和28年から38年にかけて名誉回復や赦免手続きが国会で、連合国11か国の同意の元為されていますよ。赤旗にも書いてあります」。

「A級戦犯の赦免なんてされていませんよ。それに靖国神社の合祀は、1970年代に入って勝手に一宗教法人のヤスクニがやった事です。全然国民的合意がなされて、行われた事では無いです・・・、」


と・・・・・、


こんな感じで、同じ様な話をぐるぐる何度も言い合っていました。凡そ45分間。

最初から理解出来るとは思っていませんでしたが、予想どうりの結果です。正に平行線w。但し、電凸に対応してくれた日本共産党思想担当の方は、私の同じ様な質問に対しても、声を荒げる訳でも無く「先程も申しました通り・・・、」と丁寧に説明してくれ続けた事には驚きました。共産党員と言うと、もっと高圧的で乱暴・暴力的なイメージを持っていただけに意外でした。

それと、絶対に逃げなかった点は好感を持ちました。

「私からはどちらとも言えません」とか、「その様に伝えておきます」は全く無かったです。

その対極にあったのが、「朝日新聞」でした。(ここでは未紹介。【韓国の旭日旗掲揚に罰則規定の方針】に関して、旭日意匠の社旗を掲げる朝日新聞の見解を示してほしい。社説か何かで明示すべきと電凸した事がありますたw・・・(^^;)。朝日新聞の担当者は、何一つ答えなかったです)。


それにしても・・・、

疑問は残ったままです。

例えばこれなど・・・、


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”麻生太郎”と言う一個人が、副総理大臣の地位にある時は、戦争美化の許されない行為で、一(野党)国会議員の時なら黙認(若しくは黙殺)。更に、国会議員で無くフツーの人(一般日本国民)の時であったなら、許され認められる。

と言う、日本共産党の立場と言うか姿勢が理解出来ないですし、不愉快です。

神社参拝と言う、宗教行為(※靖国も含めて神社神道は、宗教ではありません、念の為w)が、その行為を為す政治家の、その時々の地位立場によって、全く変わったモノと見做す日本共産党自身が、政治と宗教をごっちゃにしていると言えませんか?。正に、宗教分離違反の典型です。

それに、靖国神社は、戦争で死んだ先人達を祀る(顕彰・慰霊追悼・鎮魂)する為の神社です。その様な神社が、先の戦争は、残虐非道な侵略植民地主義の悪の戦争であったと、公言できる訳が無いです。

先の戦争には、色んな意味合いがあった筈です。尤も、その多くは、後から振り返ってみて判った話かも知れませんけれども・・・。

「こう言う意味合い(アジア解放)もあったよね。決して無駄な戦いでは無かった。先人達は決して無意味な犬死では無かったよね」・・・・、と言う一つの見解に立っているにしか過ぎません。

これが先の戦争の美化になるのですか?。

そもそも、(先の)戦争美化が、何故、(靖国神社に於ける為政者の)全戦死者に対する追悼(顕彰・慰霊・鎮魂)を完全否定する根拠になるのか?。が、理解出来ません。やっぱり、最初に戻ってしまいます。

日本共産党は、自分達は中国韓国のスパイではないと明言しながら、結局、中国韓国の主張意向に沿ったスパイプロパガンダ行為を為しているにしか過ぎない、私にはそう見做なせます。

どの様に決めつけようが、日本共産党の主張通り、個人の信教の自由です。

日本共産党は、はっきり言えば良いのです。

「我々日本共産党は、神社神道は認めないし破壊する。そして全日本国民に対しては、靖国参拝は戦争美化だから参拝行為は絶対許さない」と。

これが一番判り易いですし、辻褄が合います。

断じて容認できませんけども・・・・、



※推敲その他後日。

この記事へのコメント

Shirasu J
2013年10月25日 21:34
共産党とは、歴史認識問題とやりとりするのが面白いと思っております。現在議論のためのシナリオ作成中です。
コック
2013年10月27日 00:11
ブログ見させていただきました。実行に移す行動力には感服しています。
ですが共産党が言っていることは理解できます。
なぜ一般人が良くて政治家はダメなのかは共産党は政治家、特に行政に、一般市民に大きな影響を与える人間が特定の神社参拝、儀式に参加などをすることは政教分離違反であり、憲法違反ではないかと指摘したかったのだと思います。
政教分離というのは政治と宗教が密接に関わることで政治が腐敗した歴史を鑑みて作られた概念であり、実際最高裁で憲法違反ではないかという争いが起こっています。
過去をさかのぼりますが、日本では大日本帝国憲法においては政教分離はなされておらず、中央集権をすすめるために国家神道を利用していた背景があります。
それが後の第2次大戦を引き起こす要因のひとつでもあったといわれています。(神風特別攻撃隊、玉砕行為も国家神道の影響を受けてます)
話は戻りますが共産党は中国、韓国の言うことを聞け!!と主張しているわけではないと思います。
共産党は野党として与党の動きを監視すると言ってます。つまりそこには在日なんかの利益団体の組織票なんかは関係ないんです。だから共産党は憲法違反だと主張できるわけです。これが社民、民主になると連合をトップとした利益団体がいるため韓国、中国とは仲良くしなさいと言わざるを得ないんだとおもいます。
そこが共産党と他の野党の違いです。
共産党は行政の動きをチェックする防波堤にもなっているのはそのためです。今年の衆議院、参議院で共産党が議席を増やしたのはそれがあるからです。
長々と失礼しましたが私は共産党を支持するものではないです。あくまで政治を学んでいる学生の観点からコメントをしました。
コック
2013年10月27日 00:35
補足になりますが、神社は宗教ではないと言いますが、天皇はなぜ伊勢神宮に行くのだと思いますか?
それはあそこが国家神道という宗教であるからです。
天皇は国家神道を歴史的にも支持する立場ですしね。
寺、寺院はどう違うか?
それは寺は仏教という釈迦の教えを信じる一つの宗教であり、寺院つまり神社は天皇を祀る国家神道という一つの宗教を奉る神殿であることはご存知でしたか?
ブログでは神社は宗教ではないと仰ってましたが、
これらの観点から共産党は政教分離だと非難しているのだと主張しています。
また個人の自由という法的観念は公務員を含む議員、大臣、といった政府組織に携わる者には制限がある程度掛かります。もちろん天皇もその限りではないです。
神社神道がなぜ宗教ではないのでしょうか?
その根拠、また掲載されている論文、本を提示させていただけたらと思います。
また憲法における自由権の行使が内閣総理大臣は制限されていると知っていて発言したのでしょうか?
返信を待ってます。
2013年10月27日 02:29
>神社神道がなぜ宗教ではないのでしょうか?
コック 2013/10/27 00:35

偉く真面目な冷静な方ですねw。

先ず初めにお断りしておきますが、これから書き進める事は、殆どが私個人の考えであり、誰か著名な学者や研究者の受け売りでは無いです。多少のアラや矛盾には、突っ込まないで頂きたいですw。

神社神道は、現行法で言えば、多くの神社が宗教法人に括られている、”宗教”だと言えます。

では、”宗教”とは何か?。

4つの要件を考えました。

初めに、超自然的な存在、何か目には見えない存在を信仰する行為。(超自然)

次に、人が日常生きていく上での行動や判断の拠り所とする規範となるモノ。(寄る辺)

そして、人の苦しみや悲しみ、悩みから解放する意思もしくは力を持つモノ。(救済)

最後に、宗教として認められる必要な要件です。教祖、教義、経典の存在の有無です。

私は、この4つを満たせば宗教と考えます。

戦前の国家神道は別として、現行の神社神道は、最初だけ若しくは、2番目までしか満たしていません。故に、神社神道は宗教では非ずと考えます。

伊勢神宮を頂点とした神明系神社群だけを考えれば、若しかしたら、4番目も満たすかも知れませんが、出雲大社や熊野神社等もひっくるめての、神社神道全体を括れば、誰が作った?(教祖)、経典は何?。そもそも、神社神道の教えは何だ?(教義)と鑑みれば、神社神道は、とても宗教とは呼べるモノでは無いだろうと考えます。

2013年10月27日 02:58
更に、これが決定的なのですが、神社神道では、人の最大の苦しみの一つ、「死」を忌み嫌って遠ざけている所が、正に私が、神社神道は宗教では無いと考える根本かも知れません。

最愛の者を死で無くして、悲嘆にくれ打ちひしがれている正にその時に限り、神社は、「お前は喪中につき、神社境内に立ち入るな」と拒絶します。

これでは、宗教足り得ないだろうと考える所以です。

それに比べたら・・・、

”共産主義”と言う思想そのものが、私は宗教に思えて成りません。

教祖・マルクス。

経典・資本論。

教義・極度に科学技術が進歩した、生産効率が飛躍的に発達した近未来の社会に於いては、人が働きたいと言う欲求(労働意欲)を満たす分だけ働けば、人は誰でも、それに見合った若しくは、それ以上の生産財を受け取れる・・・、みたいなw。

そして、この共産主義思想を信じ、それに従って行動すれば、資本家による搾取や貧困から救済される。

最初の”超自然”を除けば、少なくとも3つの要件は満たせます。

凄く乱暴な考えですが、神社神道に比べたら、共産主義(思想)の方がよっぽど宗教ではないかと・・・、
(^^;)

では、神社神道は何か?。

全くの荒唐無稽な想像になってしまいますが・・・、

剣道、柔道、茶道、華道と同じもの。

”超自然的な存在(神)”と共に生きる道・・・、そのまんまw。もしくは、日本人固有の哲学(体系)。或いは、日本人なら、こう生きろ。「かく在るべしかく為すべし」と暗黙の内に諭している、日本人版タルムードでは無いのか?と、想う時があります。

この辺りは、聞き流して下さい。調子に乗って書きましたw。

2013年10月27日 03:22
伊勢神宮に天皇が参拝(親拝)される様になったのは、明治以降の事だそうです。それ以前は、無かったとか?。天皇自身が、国の安寧を司る存在と見做されていたからだそうです。その天皇自身が、神社にお参りして拠り所を作ってはいけないだろうと言う考えだそうです。

今、伊勢神宮に天皇がお参りするのは、ただ単に、天皇家の始祖(アマテラス)が祀られているからじゃないでしょうか?。それ以上の意味は、無いと考えます。

>共産党は政治家、特に行政に、一般市民に大きな影響を与える人間が特定の神社参拝、儀式に参加などをすることは政教分離違反であり、
コック 2013/10/27 00:11

政治家と言う一個人が、(靖国)神社に参拝する”宗教”行為自体を、その時々の地位立場によって、意味や意義を使い分けて、参拝者を攻撃批判すること自体が、宗教分離違反なのでは?。

公人か個人か?。それを問い詰める事自体が既に、宗教と政治をごっちゃにしています。

国家権力を持つ人物だから、そこの宗教施設に行く事は許されないと考える事自体、既に、政治に宗教を取り込んでいる証です。

安倍総理大臣が、野党自民党総裁時に参拝した時と、仮に総理大臣になった後で、参拝したとして、その参拝時に全く違った事を頭に描いているのか?。と言えば、絶対に有り得ないです。

「先の戦争は負けたけど、今度は立派なもっと強い軍国主義国家を作って、勝つぞ」とか思って参拝している訳ですか?。それは誰にも判らない。判らない事に対して、勝手に共産主義者がインネンを付けているだけです。

「お前は、国家権力を持っているから、戦争を美化している靖国神社には、参拝するな」は、少なくとも日本人として、他人に対する礼儀を欠く行為と思えて成らないです。

2013年10月27日 03:33
少なくとも、自民党総裁選前から、靖国参拝に拘っていた安倍氏が総裁選を勝利し、総裁就任直後に靖国参拝を果たした安倍総裁が、衆院選参院選と立て続けて大勝した。

これが全てであり、民主主義国家日本の国の意志では無いのかと・・・、

共産党は、先の戦争や当時の日本(帝国日本)を散々罵倒しますけど・・・、日本を泥沼の中国戦線拡大や絶望的な対米開戦に引き摺りこんで行ったのが、共産主義者です。その象徴が、コミンテルン、リヒャルト・ゾルゲと結託していた、朝日新聞記者尾崎秀実。

日本共産党はこの辺りの事は、共産主義者として総括しているのですか?。していないでしょ?。

何れにしても、日本共産党は、国家観の欠落した、そして何故か、中国韓国の主張と全く一致する、社民民主より劣りの反社会政党だと考えます。

2013年10月27日 03:38
>共産党とは、歴史認識問題とやりとりするのが面白いと思っております。
Shirasu J 2013/10/25 21:34

仰る通りです。

先の戦争時代に関する新事実が、沢山明るみに成っています。

先の戦争の真の戦犯、共産主義者をジワジワ追い詰めて行って欲しいです。

楽しみにしています(^^;)。

返レス遅れました。
コック
2013年10月27日 15:52
返信ありがとうございます。
確かに先の総理大臣、ましてや安倍総理も軍国主義を熱望しての参拝であるとは考えにくいです。
ですがヨーロッパの歴史でルターの宗教改革というものがあります。
ルターは金儲けに走るローマ教会を
「本来のキリスト教にあるまじき行為であり、彼らが本当に聖書を理解しているか疑わしい」
という趣旨の発表を最初にしています。それは高度な専門知識を身につけた知識人が使うラテン語で書かれてありました。つまり学会の発表で発言したものとお考え下さい。
これを誰かがドイツ語で悪意ある翻訳し、解釈に違いが生じてしまい後の宗教戦争へと発展してしまいます。
この歴史でもあるように、私は今はそうではないけれども、本人が意図した行為を曲解させてしまうことを懸念しています。
コック
2013年10月27日 15:53
つまり政教分離もそれに当てはまるのでないかと個人的には思うわけです。
昔明治時代に天皇が参拝を始めたのは現人神の子孫であるという正当化をするため、つまり天皇中心の国家体制を作る意図がありましたがそれがいつの間にか天皇を極度に賛美するものへと変質してしまった。
治安維持法が成立された目的は共産主義者の政界進出と影響力を行使されないようにするのが目的であったのに、いつの間にか政府に反対意見を述べる=共産主義として弾圧をするようになってしまう。
軍部大臣現役武官制が出来た当時は中央集権の日本において立法権の拡大を懸念した山県有朋が作ったものですがいつの間にか、軍部の発言力を増すモノとして悪用されてしまったという経緯があるように、政教分離というのは現代における不安というより未来における不安といえるでしょう。
ですからその線引きが難しい。どこからが分離していてどこからが結合しているのかがその時の時代の価値観で図るため結合していても分離していると言い切る可能性は有りうるということです。
私の見解では靖国に参拝しているいことがこれほど議論になってしまっている。そしてソレが未来における何らかのトリガーになりうる可能性を秘めている。
だから政教分離違反であると解釈しているわけです。
もちろんその反対論もあることは承知しています。
ですがそのような行為が後の禍根になりうる行為は通常憲法で禁止されていますが、政教分離はその線引きが難しい。それが問題だと思います。
コック
2013年10月27日 15:55
判例では、
国民の保証する権利侵害と成し得ないことから棄却判決となっています。
日本では憲法の違反そのものを審査する行政裁判所がありません。つまり政府の暴走が国民の権利侵害でない限り違法ではないというスタンスに立たざるおえないのです。
これを解釈すると、
「政府は国民の権利侵害さえしなければ違法ではない」
ということになり、これが政教分離をグレーにさせている要因と言えます。
国と裁判したとき必ず誰かが、
「国と裁判して勝つのは難しい」
といいます。
それは国民の権利侵害が実質なされていても勝訴でないこともあるからです。
コック
2013年10月27日 15:59
これを事情判決と言いますが、その事情判決は、
「確かに国に違法はあるけれども国が行ったことに停止命令を下すのは社会の公共の福祉を大きく乱すことになりうる」
と裁判所は言っています。もちろんそれで敗訴ではありますが提訴した国民を見捨てるというわけではありません。裁判所が違法と宣言することで原告の損害賠償を義務付ける法的効果を発生させますからね。
ですが政教分離は違う。
例え間違っていても国民の権利を侵害していることにはならないから違法ではなのです。
このことから日本の三権分立がしっかりとなされていないことが良くわかります。
私は共産主義、資本主義者という括りではなく制度上に大きく問題があると思います。
先の大戦も国際連盟の国際法違反措置があまりにも脆弱であったことが枢軸国の暴走につながったのはご存じのハズ。
 
コック
2013年10月27日 16:03
これから憲法改正という日本の根幹を変えていこうとする自民党を国民がどう捉えているのかが問題です。

未来へツケを残さないとよく言われていますが、我々の言動が今支えている制度を変える要因とならないようにと祈るばかりです。
長々と駄文失礼しました。政教分離、憲法はそれぐらい話すネタがあるのだと思ってくだい(^_^;)

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